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平和

焼き場に立つ少年(長崎原爆爆心地で撮影)

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広島・長崎に原爆が投下され、今年も、67年の暑い夏を迎えた。

昨年の3・11東日本大震災により発生した福島原発事故は、原子力利用の基本である核の制御が出来ない中で、安全神話が先行され、未だに、危険な状態で日々が推移し、故郷に帰れない県民の生活、生命が脅かされている。
ある被害地の町長は、原爆被爆も原発被爆も、同じと訴えていた。

 被爆国、日本は、同じ、核エネルギーの利用による原発も、事故が起きた場合、全く、核という同じ次元に立ち、別物でないことを十分知らねばならない。広島、長崎を語る時、福島原発事故は、別ものではない。
 安全性のみ吹聴して来た原発関連企業、国の安全委員会など、機関はどう責任をとるのか?、1年以上も経ち、最近、当時の記録の公開も渋々、取り繕ってって公表をするなど、また、東電の姿勢は、原発事故現場の作業員の扱いも、不明な点が多く、放射能の測定器も持たさないで作業させたり、線量計に鉛のカバーを被せ、数値を低く見せるカモフラージュの工作するなど、言語同断で、人の命の尊さを考える時、将に、その様なことは、犯罪行為である。

 さて、たまたま、古い新聞の記事などを整理していたら、長崎原爆投下の新聞記事の写真が出て来た。それは、「焼き場に立つ少年」という1枚の写真で、朝日新聞の写真展「写真が語る20世紀、、目撃者」(1999年朝日新聞掲載)の中の1枚だった。
 撮影者はジョウー・オダネル氏で、米軍カメラマンとして、1945年、原爆投下の広島・長崎に入り、被災した市内の様子を撮影、その際、残留放射能で自らも被爆し、後に、健康被害で苦しんだという。亡くなった赤ん坊を背負い、火葬の順番を待つ少年を撮影した。「焼き場に立つ少年」など、写真集「トランクの中の日本」(小学館)を出版したという。
 以下は、その少年の写真について、オダネル氏は、のコメントの抜粋。
・・・・・・・・・・・・・・・
「佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。10才くらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶ紐をたすきにかけて、幼児を背中にに背負っています。しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやって来たという強い意志が感じられました。しかも、彼は、裸足です。少年は焼き場の淵まで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。少年は焼き場の淵に、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクをした男達がおもむろに近かづき、ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。この時、私は、背中の幼児が既に死んでいる事に初めて気づいたのです。男達は幼児の手と足を持つとゆっくり葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず、幼い肉片が火の中に溶けるジューという音がしました。それから、眩いほどの炎が舞い上がりました。真赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血が滲んでいるのに気がついたのは、少年があまりにきつく噛みしめていた為、唇の血は流れることなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりと踵を返し、沈黙のまま、焼き場を後に去っていきました。背筋が凍るような光景でした。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・
 「焼き場に立つ少年」という、一枚の写真を見て、私も昭和20年5月29日の横浜大空襲の燃え盛る最中を、幸い逃げ延びた一人で、当時、7才、この写真の少年と3つの違いで、将に、同世代の子どもだった。
 この写真を見る度に、横浜大空襲で山積みになった焼死体の上を裸足で逃げた自分の姿が投影され、いたたまれず、その時の怒りをどこへぶつけていいかもわからない。悔しさと悲しさと怒りを小さいながら辛くきつく自らの気持ちしっかりしようと強い意志で、噛みしめる唇から血が流れる様は、実に、悲しい。多分、一人で来たことは、両親たちは、原爆で亡くなったに違いない。

 この1枚の写真を多くの人に見てもらい、戦争の悲劇を知ってもらいたい。
焼き場に立つ少年(1945年8月・長崎被爆地で)
焼き場に立つ少年



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